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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)816号 判決

静岡県清水市草薙杉道三丁目一五番一三号

控訴人(被告)

エスピーケミカル株式会社

右代表者代表取締役

渡邊勇

右訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

右補佐人弁理士

佐々木功

川村恭子

東京都中央区日本橋小舟町一四番四号

被控訴人(原告)

錦商事株式会社

右代表者代表取締役

松村忠勇

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

岩谷敏昭

澤由美

右補佐人弁理士

石井暁夫

西博幸

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、四九八万二一二四円及び

(一)  内一八一万七七四九円に対する平成六年四月一日から

(二)  内二一六万四三七五円に対する平成九年四月一日から

各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一・二審を通じて、これを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項1は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右部分につき被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

(以下、被控訴人を「原告」・控訴人を「被告」という。)

本件は、原告が被告の製造販売する保冷具について実用新案権侵害を理由に製造販売の差止と損害賠償を求めた事案である。

【当事者の主張】

次に付加・訂正する他は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一八頁一〇行目「二室が」を[二室からなり、各室にはそれぞれ「逆止弁」が取り付けられ、第一の室には吸水シートが収納され、第二の室には空気しか吹き込まれない構造であり、それぞれが別機能を有しながら」に改める。

二  同一九頁四行目「二枚の「フィルム」、を材料とし」を「外側のナイロンフィルムと内側のポリエチレンフィルムとを積層させた非透水性シートを二枚使用し」に改める。

三  同二二頁二行目から同五行目「こととなる。」までを次のとおり改める。

「(三)(1) 被告製品のうちイ号製品には二種類の「逆止弁」が使用されている。

〈1〉 第3図の「逆止弁」は、長方形状の二枚のフィルムを重ねてその長辺部分をシールし、両長辺から長さの異なる各一本の弁部を中心部に向けて下流側に傾斜させて形成し、一方の弁部が「逆止弁」の下端に至るようにして逆流防止の弁構造を形成したものである。この「逆止弁」が吸水シートの収納された室に開口している。

〈2〉 第4図の「逆止弁」は、長方形状の二枚のフィルムを重ねてその長辺部分をシールし、両長辺かち各三本の弁部を中心部に向けて下流側に傾斜させて形成して逆流防止の弁構造を形成したものである。この「逆止弁」が空気室に開口している。

ロ号製品には右の第3図の「逆止弁」のみが設けられている。

被告製品の各「逆止弁」には、左右両長辺から斜め内側下方に向かって交差するように熱融着線(弁部)が設けられているので、その熱融着線の存在によって強い密着性が確保されており、上流側からの注水時には水の流入圧によって下流側の開口部は一時的に押し開かれるが、注水が完了すれば直ちに弁部の作用によって下流側の開口部を密着させる方向に働き逆止効果が発生するのである。同時に、密着されて行き場を失った袋体内の水や空気の内圧によって、下流側開口部の密閉性が一層強固となる作用をも有している。」

第三  当裁判所の判断

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  証拠(甲一、一三、一四、一六、一七)及び弁論の全趣旨によれば、本件考案は請求原因3記載の作用効果を奏するものと認められる。

三  被告製品の製造販売(請求原因4)

1  被告が平成四年四月一日以降現在までロ号製品を製造販売していることは、当事者問に争いがない。

2  被告が平成四年四月一日以降現在までイ号製品を製造販売しているとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

3  ところで、本件実用新案権は昭和六三年九月一四日出願公告になったものであるから、平成一〇年九月一三日の経過をもって存続期間が満了したことが明らかである。したがって、被告製品が本件実用新案権を侵害するものであっても、現時点では被告製品に対する製造販売の差止を求めることはできない。

従って、イ号製品が本件考案の構成要件を充足するか否かを検討するまでもなく、イ号製品に関する原告の請求は理由がない。

四  ロ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因6)

1  構成要件(一)の充足性について

(一) 請求原因6(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。

(二) ロ号製品の「袋体」は、「外側のナイロンフィルムと内側のポリエチレンフィルムとを積層させた非透水性シート」を材料としているところ、証拠(甲一一、一八)によれば、工業製品の分野においては、一般に「シート」とは、長さ及び幅に比較して厚さのきわめて小さい(薄い)形状のプラスチックをいい、「フィルム」とは「シート」の薄いものをいうと理解されている(すなわち、「シート」は「フィルム」の上位概念である)ことが認められ、本件考案の明細書(甲一)及び補正書(甲二)の記載に照らしても、本件考案において厳格に「フィルム」を除外する趣旨で「シート」の語句が使用されているとは解されないから、本件考案にいう「非透水性軟質合成樹脂シート」には「非透水性軟質合成樹脂フィルム」が含まれると解され、ロ号製品の「袋体」は本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたるものと認められる。

(三) 被告は、「ポリマー辞典」(増補版・平成五年一二月一〇日発行)において、「『シート』とは長さ及び幅に比較して極めて薄い平面上の成形品をいい、さらに薄い膜状のものをフィルムという。通常○・二ミリメートル厚さ以上のものをシート、未満のものをフィルムという。」と記載されていることから、「シート」と「フィルム」とは別概念であると主張する。

しかし、証拠(乙一一)によれば、「ポリマー辞典」には、被告引用の右記載に続いて「塩化ビニル樹脂の成形品では柔軟なものをシート、硬質のものを板と俗に使い分けることもある。」との記載も認められ、保冷具に関する技術分野において、被告主張のように厳密に「シート」と「フィルム」が使い分けられているとまで考えることはできない。

(四) 被告は、本件考案の出願過程における原告の主張及び出願前の公知技術を参酌し、本件考案における「袋体」を明細書の実施例に限定して解釈すべきと主張するので、この点につき検討する。

(1) 考案の技術的範囲は、願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが(実用新案法二六条、特許法七〇条)、登録請求の範囲に記載された用語の意義については、それが一義的に明確に理解することができる場合を除いては、明細書の実用新案登録請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮し、出願によって開示された技術思想に照らして、客観的、合理的に解釈しなければならない。

また、出願人が出願過程において考案の技術的範囲につき一定の主張をし、これが認められて実用新案登録に至ったという事情が認められる場合には、後に考案の技術的範囲の解釈につき出願過程における主張と矛盾する主張をすることは信義則上許されないから、かかる場合においては出願過程における出願人の主張をも考慮して技術的範囲を解釈することとなる。

そこでまず、出願過程における原告の主張を検討する。

(2) 証拠(乙一二、一六、一七)によれば、次の事実が認められる。

ア 原告は、特許庁審査官の実用新案法三条二項の規定に基づく拒絶理由通知に対する意見書において、右拒絶理由通知で引用された実公四九-一三九二七号記載の考案と本件考案を対比し、右引用例に記載された「逆止弁」は「合成樹脂シートにて二重筒に形成した、内外の筒の間に入った内容物の圧力にて内側の筒を押圧することにより内容物の逆流を防止するようにしたものであって、袋体の構造が本願考案とは全く異なるとともに、高吸水性樹脂の膨張作用を利用して密封する点は、全く記載されていないから、この引用例が本願考案を示唆することは有り得ないし、また、この引用例は単なる袋に関する考案に過ぎない」と主張した。

イ 右引用例は、ウェルダー加工及びヒートシール加工が可能なシート状物質を素材として構成された「逆止弁」の構造にかかる考案であり、右「逆止弁」と組合わせる「袋体」等については何ら考案の対象としていない。

ウ 右引用例の図面には、「逆止弁」と四周を接合加工した袋状物を組み合わせた実施例が記載されているにとどまる。

(3) 右認定事実からすれば、右アの原告の主張は、右引用例における「逆止弁」の構造と本件考案における「パイプ」の構造を比較して、両者の構造が異なる旨主張しているものと解され、被告主張のように右引用例の実施例に記載された「袋状物」と本件考案の「袋体」を比較してのものではないと解されるから、出願過程における原告の右主張を参酌して本件考案の「袋体」の構成を限定解釈することはできない。

(4) 次に、被告は、本件考案における「袋体」の構成は、全部公知のものであるから、実施例どおりに限定される旨主張する。しかし、公知技術の存在によって考案の技術的範囲が実施例に限定されるかが問題となるのは、考案の技術的範囲を明細書の登録請求の範囲の記載どおりに解釈すると、その構成要件を全部充足する公知技術が存在することになる場合であり(かかる場合には右公知技術が含まれないように技術的範囲を制限的に解釈すべきかが問題となる。)、本件においては、本件考案が抵触することになる右のような公知技術の存在は認め難い。

(5) よって、本件考案の「袋体」を実施例に限定して解釈すべきとする被告の主張は採用できない。

(五) 被告は、本件考案にいう「袋体」が一層のシートからなるのに対し、ロ号製品は二層の性質の異なる樹脂フィルムを使用している点で、「袋体」の材質を異にすると主張するが、ロ号製品において二種類の樹脂フィルムを使用したことが本件考案と異なる技術的意義を有することについてはなんらの主張立証もしないから、単に材質を異にするとの一事のみで右判断を左右することはできない。また、被告は、ロ号製品の「袋体」は四周を熱融着している点において本件考案と異なると主張するが、その差異がいかなる技術的意義を有するかについてもなんら立証がない上、そもそも右の点は本件考案の構成要件にかかわりのないものである。

(六) 本件考案の「袋体」は、前記のとおり、明細書記載の実施例に限定されないから、ロ号製品の「袋体」は、本件考案の「袋体」にあたる。

よって、ロ号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。

2  構成要件(二)の充足性について

(一) 本件考案の構成要件(二)は、「この袋体内に水を注入するための軟質合成樹脂シート製のパイプを、当該パイプの一端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように設けた」というものであるが、右記載のみではその技術的意義は明らかではない。

そこで、本件明細書の記載及び図面によってその技術的意義を検討するに、本件考案においては、固形の高吸水性樹脂を「袋体」に封入しておき、一端を「袋体」内に開口した「パイプ」を通じて水を注入することにより、右樹脂が水を吸収してゲル化又はゼリー状化して膨張し、それに伴って右「パイプ」の袋体内の開口部が偏平に潰され袋体内面に押し付けられて塞がれるため、ゲル化又はゼリー状化した樹脂や自由水が「パイプ」を通じて外部に漏れることを完全に防止する機能を有するものである(明細書3欄1行目から同12行目まで参照)。

「パイプ」の用語の一般的な意味は、「ガス、液体などを導くための管又は液体を通す筒」である(通常、断面の形状は円形であるが必ずしもそれに限られない。乙二七の二参照)と解されるが、軟質合成樹脂シート製のパイプの一端を袋体内に開口させているのは右機能を発揮させるためであることは明らかであるから、本件考案の構成要件(二)は、結局、「吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の膨張により、開口部が偏平に潰され密閉される細長くかつ偏平な筒体の一端を袋体内に開口させたこと」にあるというべきである。

(二) ロ号製品の「逆止弁」の構造は、原判決別紙物件目録二添付の「ロ号製品」図面第3図に記載のとおり、二枚のポリエチレンフィルム(これが本件考案にいう「軟質合成樹脂シート」にあたることは前記のとおりである。)を重ねて左右両長辺を熱融着すると共に、両長辺から長さの異なる各一本の弁部を斜め内側下方に(注水口部分を残して交差するように)形成し、一方の弁部が「逆止弁」の下端に至るようにして弁構造を形成したものである。

右「逆止弁」はその材質・形状からみて袋体内の開口部が「吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される」ものであることは明らかである。

したがって、「逆止弁」は「軟質合成樹脂シートにより製作され、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される細長い偏平な筒体」に「弁部」を付加したものであるということができる。

(三) なお、「弁部」の付加によって「逆止弁」が本件考案の「パイプ」が有する機能及び作用効果を奏さず、あるいは同じ機能及び作用効果であってもその背景となる技術的思想が異なる場合は、「逆止弁」は、もはや本件考案の「パイプ」の範疇に含まれないと解されるので、この点について検討する。

(1) まず、「弁部」の付加に関わらず「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に袋体外から袋体内への注水機能を有することは、「弁部」が注水口を残して注水が通過可能な状態で交差状に設けられていることから明らかである。

(2) 次に、袋体の密封機能、すなわち、袋体内容物の逆流防止機能の点であるが、被告は、二本の「弁部」によって二枚のフィルムを密着させる効果があり、それにより「逆止弁」の下端部が常に完全に密着する作用を受けているから、流体が通過した後には直ちに元の密着状態に復元する機能を有しており、逆流は完全に阻止されると主張する。

しかし、証拠(甲一二、検甲八、乙三の1、2、弁論の全趣旨)によれば、「逆止弁」も偏平なフィルムを二枚重ねて両長辺を融着しているが、上下両端は注水のため単にフィルムを重ね合わせているにすぎないから、この点では本件考案の「パイプ」において上下両端が単に重なり合っているのと同一である。薄い軟質のシートあるいはフィルムとはいえ、融着することなく単に自然に重ね合わせただけの状態では完全な密封効果を有しないことはいうまでもなく、そのため、「袋体」内の吸水シートを予め除いておいて水のみを注入し、その「袋体」を上下逆向きにしたとき、「袋体」内の水は「パイプ」あるいは「逆止弁」の下端の開口部から逆流する点(検甲八)も同一であることが認められる。

被告は、「逆止弁」はそれ自体の構造によって完全な逆流防止の効果があるというが、これを裏付けるに足る証拠はない。

(3) そして、「逆止弁」も薄い軟質合成樹脂を二枚重ねてその両長辺を融着して形成されているものであるから、本件考案の「パイプ」と同様に、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力で下端の開口部が圧着され、これによって逆流防止機能を発揮することは同一である。

(4) 被告は、ロ号製品においては、「逆止弁」の中央部に注水部を残して他の部分を袋体の上端部に溶着している点で本件考案と異なり、右構成により袋体の内圧で「逆止弁」が変形して飛び出すことを防止したものであると主張する。しかし、本件考案においても、「パイプ」と「袋体」とは一部を融着して一体化することが前提とされている(明細書4欄1行目から同5行目まで参照)のであって、この点でロ号製品と本件考案とに差異があるとは認められない。

(四) そうすると、ロ号製品の「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」と同一の技術的思想のもとに同一の機能、作用効果を奏するものであるといえるから、本件考案にいう「パイプ」の範疇に含まれると解され、ロ号製品は本件考案の構成要件(二)を充足する。

3  以上のとおり、ロ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、ロ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

五  原告の損害額(請求原因7)

原判決三九頁一〇行目から同四四頁七行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  以上の次第で、原告の本件請求は、被告製品の製造販売差止を求める部分は本件実用新案権の効力の消滅により理由がなく、これと異なる原判決主文第一項は現時点では取消しを免れないが、損害賠償請求についての原判決は正当であって同部分に関する本件控訴は理由がない。

よって、原判決を本判決主文第一項のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一〇年一一月六日)

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 山田陽三)

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